デジタルカメラとフィルムカメラ

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僕はいち写真愛好家として、カメラの今後についてよく考え事をする。

フィルムカメラの事、デジタルカメラの事。

写真という表現、カメラの道具としての魅力。

この2つを愛しすぎているからこその漠然とした不安。

今回はそんな僕の考えている事を語ろうと思うので付き合って欲しい。

 

 

デジタルカメラの今後。

僕は写真が好きだ。

それと同時にカメラも好きだ。

カメラの道具としての魅力が好きでたまらない。

時代はデジタルカメラ全盛の時代。

もっと言うならミラーレスカメラ全盛の時代。

NIKONが、CANONが、Panasonicが。

フルサイズセンサーを搭載したミラーレスカメラを販売しようとしている。

世はフルサイズミラーレスカメラ戦国時代に突入している。

僕にも欲しいカメラがある。

だが少し待て。

センサーの大きさはスペックの一部だ。

スペックを追求してカメラを買うと火傷するぞ。

そのカメラのスペックは永遠に通用するものなのか?

高い対価を支払って、そのカメラで遊べる時間はどれだけある?

技術の進歩は驚異的だ。

10年後には廃スペックのカメラと言われるんじゃないか?

新しいものが出ては買い、古いものは売るなりあげるなりして手放すサイクル。

本当にそのサイクルの中にいていいのか。

もうカメラやレンズを資産として計上するのはやめた方がいいのかもしれない。

いくら高い対価を支払って得たカメラやレンズも、10年後にはタダ同然の価値しかないかもしれない。

デジタルカメラはもはや家電と化してしまった。

オフィス複合機白物家電のように、完全にコモディティ化してしまった。

どれもスペックが似たようなもので、真新しさがない。

10年後にはもっと画素数が増えて、ノイズも少なくて、手ブレも全く気にしなくていい位の補正がついて、デジタルズームの補正が抜群に効くセンサーが出て望遠レンズの資産価値も下がって…。

みーんな横並びのスペックになっていくんだ。

そんな中、何に価値を見出してカメラに投資すべきか。

10年後、20年後、スペックを追求したカメラはどんどん陳腐化されていく。

唯一陳腐化されないものはなにか。

デザインだ。

自分が心の底から愛せる、はっきりと人に好きだと断言できる位に美しいカメラを手に入れたい。

これなら10年先のスペックに怯える必要はない。

10年後に、

「君のカメラのスペックは時代遅れだね」

と言われても

「でも味があるよ。それにこのデザインは他にないんだ。」

って言えるカメラなら、それは永遠を手に入れたのと同義だと思う。

今からでも遅くない、そう思えるカメラを探そう。

僕にとってそれは、今使ってるX-Pro2だ。

浮気症の僕は、LEICAも欲しい。

 

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「それでも性能が・・・」

そう思うのであれば、今から10年前のカメラの写真をみてみるといい。

LEICA M8やEPSON R-D1等その最たる例だ。

2台とも10年以上前のデジタルカメラの性能とは思えない程良い写真を描き出してくれる。

カメラ自体のデザインも美しく普遍的だ。

この2台のデザインを見て、誰がダサいと言うだろうか。

[PY] フォトヨドバシ “RANGEFINDER” | LEICA M8

[PY] フォトヨドバシ “RANGEFINDER” | EPSON R-D1xG SHOOTING REPORT

良いものは変わる必要がない。

 

フィルムカメラの今後。

フィルムカメラは、もはや半分永遠に足を突っ込んでると言っていい。

条件付きではあるが。

条件=フィルムが供給され続ける限り。

そうだ。

フィルムが各社から供給され続ける限りは、フィルムカメラは永遠に使える。

デジタルカメラが世に出てから、フィルムカメラは一度陳腐化されてしまった。

だが逆に言うと、もう二度と陳腐化されることはないのだ。

フィルムカメラはもう枯れた技術。

LEICA位しかフィルムカメラを製造し続けている会社はない。

と言うことは、今以上のスペックのフィルムカメラは出てこないと言う事だ。

だからスペックに惑わされる事なく、デザインを気に入ったものを買えばいい。

出来れば堅牢な、電装品の付いていないカメラなら尚良い。

滅多に壊れないから、本当に一生モノだと思う。

デジタルと同じで、美しいカメラを買おう。

美しいフィルムカメラを買うという事は、永遠を手に入れたに等しい。

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今はフィルムカメラブームと言っていいのかもしれない。

生まれた時からデジタルがそばにあった世代が、アナログを求め始めたからだ。

評判の良いもの、美しいものはどんどん値があがってる。

フィルムライカを、ハッセルを、ローライをこの値段で買えるのも今だけかもしれない。

しかし、フィルムはいつまで生産されるのだろうか。

FUJIFILMはネオパン100アクロスの販売終了をもってモノクロフィルムから完全に手を引くつもりだ。

販売終了撤回の動きもあるようだが、難しいだろう。

FUJIFILMのカラーフィルムは、種類を減らしながらも細々と生産を続けていくかもしれないが、最終的には業務用フィルムのみに収束され、いずれ生産されなくなるのではないか。

KODAKは未だに多様なフィルムを出し続けてくれている。

KODAKのカラーネガは肌が黄色っぽく写るので僕はあまり好きではないが、モノクロフィルムは中々良い。

ただ、それでも僕はKODAKよりもFUJIFILMが好きだ。

FUJIFILMがフィルムの生産を完全にやめてしまったら、僕はフィルムカメラをやめてしまうかもしれない。

デジタルカメラは自分の好きな色を作れるが、フィルムカメラはそうはいかない。

自分の好きなフィルムがなくなる=自分の好きな色が出なくなる。

と同義だ。

 

③結論。

やはり、重要なのはデザインだ。

・デザインは尖ってるが性能が普通のもの。

・性能は尖ってるがデザインが普通のもの。

僕は前者を選ぶ。

結局、後者を選んだときは、感動するのは最初だけでそれに慣れてくると一気に冷めて手放す。

このパターンを繰り返してきた気がする。

僕はモノに対して感情移入するタイプだ。

どうせ感情移入するならデザインがいいものがいいじゃない。

自転車、車、服、鞄、家具、カメラ以外のモノも10年は使えるものを揃えたい。

昔はどのようなものも1万円を超えると高いと感じていたが、最近は長く使えるものであれば多少高くてもいいのではないかと思えるようになった。

その代わり、デザインが普遍的なものであり、流行に左右されるものではないという事が重要なのだけれど。

僕は美的センスに優れているわけではないけれど、自分が美しいと思えるを手に入れたい。

だらだらと書いてきたけど、これだけは伝えたい。

美しいものを買おう。

 

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