僕が写真について考えていること。

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今日も僕のブログをご覧頂きありがとうございます!

この季節になると、どうも外に出るのが億劫になっていけないね。

おそらく2週間近く写真を撮りに行ってない。

毎年、冬は出不精になってしまう。

花も咲いてないし、今まさに撮りたい!と思うような被写体がない。

というのは出不精の言い訳で、単純に外に出るのが面倒臭いだけなのだろうね。

家から出ずにゴロゴロしてて、なんか楽しくないなーと思ったり。

写真に飽きたのかなーと思ったり、カメラ全部売っ払うかーと思ったり。

多分、機材全部売っても後悔するだけで、また花の季節になると写真撮りたくなるだろうから、まだまだ手放さないけれど。

僕にとって写真って、あくまでも数ある趣味の一つでしかなくて。

一生続けられるか?

って聞かれると、

さあ?

としか答えられないんだな。

ここまで投資しておきながらも。

とは言っても、今のところ僕の趣味の中では、最も大きなウェイトを占める趣味であるのは間違いなくて。

それじゃあ僕にとっての写真という趣味はどういうものなのよ。

ってな事を、自分の中で整理するためにも、一度文章にしておこうと思う。

①記憶装置?自己表現?

写真(カメラ)って二面性があると思う。

思い出を写し止める、記憶装置としての写真。

自分の中にある感情や、感動を表現する為の自己表現としての写真。

カメラマンと写真家の違いというか。

僕はどっちなんだろうな。

多分、どっちもだ。

僕は学生の頃、写真に写るのが嫌いだった(写真部に所属していたくせに。)

だから、12-22歳位までの写真が殆どない。

青春真っ盛りな頃の自分の写真が、1枚もないのだ。

妻がアルバム(写メ含む)を見ながら、妻が過去を語る姿を見て思った。

僕には写真を見ながら過去を語るという当たり前のことが出来ないのだなと。

だったら、妻と付き合い、歩いてきた足跡は、きちんと収めていきたいなと。

だから、僕にとっての写真は、記憶装置としての写真であるとも言える。

それと同時に、自己表現としての写真も僕の中にある。

僕が感じた感動を表現したい。

僕の視点で見た物事は、こういう風に写るんだよって。

この気持ちも中々に強い。

 

②写真が好き?カメラ(機材)が好き?

機材の話ばかりしていると、

「この人は写真が好きなんじゃなくて、カメラが好きなんだよ」

と批判的に言われることがある。

この意見に対して、特に反論はない。

ただ、僕の考え方としてはこうだ。

「写真撮影が好きな人は、皆カメラ好き」

写真は、カメラ(スマホ含み)がないと撮れない。

カメラもスマホも、高い買い物である。

高いお金を払って手に入れたものだから、愛着が湧くのは当たり前だよね。

カメラ好きの延長に、写真好きがあったとしても、何も悪いと思わない。

高額なカメラを買って、ブイブイ言わせるもよし、カメラを肴に酒を飲んでもよし。

安いカメラを買って、ラフに扱ってもよし、旅行に連れ出してもよし、写真を撮りまくってもよし。

 

③色について。

この記事を読んでくれている貴方は、カラー写真派?それともモノクロ写真派?

僕は断然モノクロ写真派だ。

始めた当初から僕のブログを読んでくれている人はご存知のとおり。

でも、決してカラー写真を撮らない訳じゃない。

カラー写真大好きだし、カラー写真しか撮らない日だってある。

ただ、色があるからこそ強調されるものと、色がないからこそ強調されるものがあって。

僕は、色がないからこそ強調されるものを捉える事の方が好きなのだ。

僕は写真を見るとき、まず最初に色に目がいってしまう。

この色彩は鮮烈でいいなぁとか、淡い色が落ち着くなぁとか。

色ばかりに目がいって、被写体が二の次になる事が多い。

なんというか、色彩の美しさだけしか見れくなっているというか。

逆にモノクロ写真だと、色という情報が抜けるため、被写体に集中できる。

それに、写真全体の作り込みや作意を読み取ることに意識を向けやすくなると考えている。

だから、僕はモノクロ写真ばかり撮ってしまうし、鑑賞するのもモノクロ写真ばかりだ。

学生時代、カラー写真が当たり前の時代だったのに、モノクロ写真ばかり撮らされていたのには、こういった理由があったのだろうと思う。

 

④現像について。

結論から言うと、僕は撮って出し派だ。

かといって、レタッチ反対派でもない。

過剰にレタッチされた写真も、表現としては嫌いではない。

なんなら、LightroomもやってるしVSCOもやってる。

今はあまり使ってないけれど。

過去、写真部時代とかに、焼き込みや覆い焼きなど、デジタルでいうところのレタッチはやっていたし、デジタルを始めたばかりの時は、僕もLightroomでレタッチを行なっていた。

では、なぜ僕は撮って出し派になったのか。

単純に面倒くさいからだ。

それに、レタッチする時間を作りたくないので、カメラ内である程度完結できるFUJIFILMを使ってる。

いじらなくても、好きな色が出てくるから。

「いや、自分の色味を追求したいから、VSCOやLightroomを使うんだ」

という人もいる。

考え方としては当然だとも思う。

だが、結局VSCOやLightroomを使って、自分の写真表現を追求していても、自分の写真と他人の写真が差別化出来ない位に、世の中には写真が溢れてしまっている。

その事実に気づいてしまってからは、現像する事をやめた。

じゃあ自分の写真ってなんなのよ、自分の表現ってなんなのよって話になっちゃうよね。

僕もそう思うけど、答えは持っていない。

僕みたいに趣味で写真やってる人間は、深く考える必要もない。

写真家になりたいと思っている人は、その課題を真摯に解き続けるしかない。

 

⑤批評について。

僕は自分の写真を批評されるのが好きだ。

毀誉褒貶どんとござれだ。

趣味で写真をやっているけれど、上達したい気持ちはある。

だから、他人の意見というのはとても参考になる。

例えば、

「この写真で何を表現したかったの?」

と、写真やってると100万回は言われるであろう台詞がある。

大概の人がこの台詞を言われて、嫌な気持ちになったりすると思う。

僕も写真部時代から100万回位は言われたと思う。

けど、そう言われた時は、必ずこう返している。

「○○をこのように表現したつもりだったのですが、伝わらなかったですか?なぜ伝わらなかったのか、逆にこの写真についてどう思ったか教えて下さい」

別にムキになって言っている訳ではなく、素朴な疑問として。

悪意をもって「何を表現したかったの?」とか言ってくる人には大抵答えられないので無視して構わないと思う。

逆に、「○○という表現をしたと言うけれど、○○な風に見えた。それだったら、こういう風にしてみたらどうだろう?」など建設的な批評をくれる人の意見にはしっかり耳を傾けたい。

SNSで写真をアップしている限り、批判は付いて回るし、批評を書いてくれる人は少ない。

それだったらもう批判なんて気にせず、

自分の好きなものだけ、

楽しく、ゆるく、撮り続ければいいと思う。

 

⑥被写体について。

・スナップが好き。

・子供をかわいく撮りたい。

・恋人をかっこよくかわいく撮りたい。

・スポーツ写真がカッコいい。

・女性のポートレートだけ撮りたい。

・硬派に静物写真撮りたいんや。

などなど…。

世の中には被写体が溢れていて、何を撮ればいいか分からなくなる時もあると思う。

目的意識を持って写真に取り組む人もいれば、写真を撮るという行動に魅力を感じている人もいる。

僕は後者。

だから、被写体はなんだっていい。

カメラを首にかけて、街をぶらつく。

特に決められた被写体なんて必要なくて、歩いていて、「いいな。」と思ったものにレンズを向ける。

レンズを向けるまでのタイムラグの間に、被写体に対しての興味が無くなったりする時もある。

そんな時はシャッターを切らない。

こんな感じでいいと思う。

せっかく高性能なカメラを買ったのだから、ポートレート撮らなきゃ勿体無いとか、絶景を撮りに行かなきゃ勿体無いとか言う人もいるけど、気にしなくたっていい。

自分の心が震えた被写体にだけ、シャッターを切ればいい。

小さな感動で構わない、何に美を感じるかは人それぞれ。

僕の写真のコレクションなんて、他人から見たらゴミばかりだと思う。

けれど、僕にとっては、「いいな」と思ったものをかき集めた宝箱みたいなものだから。

 

⑦スランプについて。

僕はスランプという言葉を使えるほど、写真と向き合っていないと思っている。

写真仲間が、「スランプだー」とか言ってるので理由を聞いてみると、

「なんだ、写真に飽きてるだけじゃん」という感想を持ってしまう。

大概の人が、きっとスランプなんかじゃなくて、写真撮影というものにマンネリを感じて飽きてしまってるのだと思う。

僕もそんな時がある。

そういう時に無理に写真撮影に行っても、撮れ高が悪すぎて逆に凹んでしまうだろう。

だから、「あー、飽きたなー。」と思ったら、写真撮影に行かないようにしてる。

家でゲームしたり、映画みたり、本読んだりしてると、また写真を撮りたくなってくるので、その気持ちが起きるのを待つ。

ネットでは、スランプになったら機材を買ってみるとかいう説があったりするけど、あまり意味がなかった(経験済み)

「写真撮りに行きたいなー」と思う気持ちがまた芽生えてくるまで待つのが1番だと思う。

 

文章にしてみると、取り止めが無くなってしまった。

結論、僕にとっての写真という趣味は、 

記憶装置であり、自己表現のツールであり、

カメラが好きで、写真が好きで、

モノクロばっかり撮ってて、

手をかけずに、

批判なんてなんのそので、

目的意識もなくだらだらと、

飽きたらしばらく放置でいい。

そんな趣味ってことかな。

全然まとまってない笑

強いてまとめると、僕の人生そのままだなと。

モノクロばかり撮ってて(好きなことばかりやって)

手をかけずに(たいした努力をせず)

批判なんてなんのそので(いつでも自分が正しいと思い込み)

目的意識もなくだらだら(流されるまま生きてきた)

と生きている。

僕にとっての写真って、こんな感じの人生を送ってる僕そのものだ。

写真って深いですねぇ。

まるで僕の人生のようです。

というくだらないオチがついたところで、今日はここまで。

くだらない戯言に付き合って頂きありがとうございます!

それでは、また次回!

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1件のコメント

  1. 頭に汚い言葉が付くほどのジジイですが、「うん、うん」と思って読みました。
    案外私の様なジジイは若い方以上に人の目(感想)を気にしながら撮っているかも知れません。
    素敵なブログ有難うございました。

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