GRⅢを買った事による心境変化。

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今日も僕のブログをご覧いただきありがとうございます!

手元にGRⅢが届いてから早1週間。

GRⅢが届いて、手に馴染むにつれて、自分の中である種の心境変化が起こった。

①写真という趣味について。
何となく、気負わなくなった。

今までは、

・写真を撮るために外出していた。

それがGRⅢを手にしてからは、

・外出のついでに写真を撮るようになった。

これは似ているようで意味合いが全然違う。
写真を趣味にしている人だったらお分かりになると思う。

GRⅢはどこにでも気負わず持っていける。

写真を撮るために外出すると、良い写真が撮れなかった時にとてもナーバスな気持ちになるけれど、外出ついでの撮影なら、そんなに悪い気持ちにはならない。

散歩したり、サイクリングしたりする中で、バッグの中に待機させてあるカメラを取り出していると、その手間の間に被写体への興味が薄れたり、シャッターチャンスを逃したりする。

GRⅢだとそれがない。

常にポケットに入れておけるし、起動も早い。

なんならAF無視のパンフォーカスならボタン一つでやってのける。

だからこそ、写真ってのは自由なんだと改めて認識させてくれる。

趣味としての写真を撮っていると、自分の周りは撮るに足らないモノばかりになってくる。

「こんなモノ撮ったって、誰も認めてくれない。」

そういって、心の中の自分がシャッターボタンを止めてしまう。

良い意味で、シャッターの重みを感じさせないGRⅢだと、そんな心の声も出てこない。

②記憶装置としてのGRⅢ
がっつりと花や風景を撮影したい時には、X-Pro2があり、dp3 Quattroがある。

だから、記憶装置としてのカメラはGRⅢに任せようと思う。

GRⅢを使っていると、今まで無視していた、撮るに足らないモノや日常たちのほうが、実は価値があったんじゃないかとすら思えてくるから不思議だ。

手軽さで行けば、iPhoneはじめスマホの方が上をいく。

事実、スマホカメラのソフトウェアの進化は目覚ましく、一眼レフで撮ったんじゃないの?と思えるような写真が撮れるようになってきた。

実生活への親和性も、圧倒的にスマホの方が上だ。

実際に、スマホがあるからカメラは要らないという人も多いと思う。

けれど、こと写真というモノとしてのクオリティを重視するなら、やはり単機能のカメラに分がある。

いかに趣味として撮影しないと言っても、画質というところには妥協できない。

起動速度だって、スマホに負けてない。

コンパクトさも厚みでは負けているけれど、その他のサイズ感でいうと、最近のスマホより小さい。

記憶装置として、これ以上の道具はないと思う。

③そんな僕の日常写真。

という感じで、パシャパシャと日常を撮っている。

まだガチ撮影には連れて行っていないし、まだまだこのカメラのポテンシャル全てを引き出せていないと思う。

けれど、GRⅢってそんな付き合い方じゃなくて、ユルい付き合い方も許容されるカメラでもあると思う。

これからも、このカメラでユルく、日常を撮り続けていこうと思う。

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